認知症

認知症とは

脳は私たちのあらゆる活動をコントロールしています。脳がうまく働かなくなると、精神活動も身体活動もスムーズにできなくなります。
認知症とは、いろいろな原因で脳の細胞の働きが悪くなり、様々な障害が起こって生活に支障をきたしている状態です。認知症で最も多いのは、脳の神経細胞がゆっくりと死んでいく「変性疾患」で、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症(ピック病)などがあります。続いて多いのが、脳梗塞、脳出血、脳動脈硬化などのために神経の細胞に栄養や酸素が行き渡らなくなり、神経細胞が痛んだり、神経のネットワークが壊れてしまう「脳血管性認知症」です。

認知症とは

円グラフ

厚労省研究事業「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」(平成23年度~平成24年度)から作図

急速に増えつつある認知症高齢者

日本の高齢者人口は2980万人、総人口に占める割合は23%です。10年後には3500万人、30%になるといわれています。このような急速な高齢化に伴って認知症の老人は急増しており、今後も右肩上がりで増加すると予想されています。認知症の有病率は15%と推定され、現在の認知症の患者数は462万人であることが最近の調査で明らかにされました。

MCI(軽度認知機能障害)とは

MCI(軽度認知障害)とは加齢のみでは説明しにくい記憶障害があるものの、日常生活には支障をきたしていない状態のことです。認知症で最も頻度の高いアルツハイマー病では、発症する20年以上も前から原因物質であるアミロイドベータペプチドが脳に徐々に蓄積しはじめます。この段階がMCI(軽度認知障害)に相当します。蓄積したアミロイドベータペプチドは脳の神経細胞に障害を与え、認知機能を担っている神経回路の働きを阻害します。蓄積のメカニズムについては、まだ完全には解明されていませんが、加齢などにより分解や排出がうまくいかなくなると、毒性の強いアミロイドベータが溜まり始めると言われています。
MCIの方の約半数は5年以内に認知症に移行するといわれていますが、この段階から運動などの予防的活動を開始することで、認知症の進行を遅らせることが期待されています。

認知症の症状

認知症の症状

脳の細胞が壊れることによって直接起こる症状が、記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能の低下などの「中核症状」と呼ばれるものです。中核症状によって引き起こされる二次的な症状を「行動・心理症状:BPSD」と言います。中核症状が現れることによって、精神的に落ち込んだり、できないことに焦りを感じたり、不安になったりと、本人がもともと持っている性格や環境、人間関係など様々な要因が絡み合って起こる症状が行動・心理症状です。

認知症の中核症状の例として、次のようなものがあります。

もの忘れ(記憶障害)

  • 数分前、数時間前の出来事をすぐ忘れる
  • 同じことを何度も言う・聞く
  • しまい忘れや置き忘れが増えて、いつも探し物をしている
  • 昔から知っている物や人の名前が出てこない
  • 同じものを何個も買ってくる

時間・場所がわからなくなる

  • 日付や曜日がわからなくなる
  • 慣れた道で迷うことがある
  • 出来事の前後関係がわからなくなる

理解力・判断力が低下する

  • 手続きや貯金の出し入れができなくなる
  • 状況や説明が理解できなくなる、テレビ番組の内容が理解できなくなる
  • 運転などのミスが多くなる

仕事や家事・趣味、身の回りのことができなくなる

  • 仕事や家事・趣味の段取りが悪くなる、時間がかかるようになる
  • 身だしなみを構わなくなる、季節に合った服装を選ぶことができなくなる
  • 食べこぼしが増える
  • 洗面や入浴の仕方がわからなくなる
  • 失禁が増える

認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)には、次のようなものがあります。

行動・心理症状(BPSD)

  • 不安、一人になると怖がったり寂しがったりする
  • 憂うつでふさぎこむ、何をするのも億劫がる
  • 怒りっぽくなる、イライラ、些細なことで腹を立てる
  • 誰もいないのに、誰かがいると主張する(幻視)
  • 自分のものを誰かに盗まれたと疑う(もの盗られ妄想)
  • 目的を持って外出しても途中で忘れてしまい帰れなくなってしまう

加齢による物忘れと認知症による物忘れの違い

もの忘れには、正常なものと認知症がうたがわれるものがあります。

原因
加齢によるもの忘れ
脳の生理的な老化
認知症によるもの忘れ
脳の神経細胞の変性や脱落
体験したこと
加齢によるもの忘れ
一部を忘れる
認知症によるもの忘れ
すべてを忘れている
学習能力
加齢によるもの忘れ
維持されている
認知症によるもの忘れ
新しいことを覚えられない
もの忘れの自覚
加齢によるもの忘れ
ある
認知症によるもの忘れ
なくなる
探し物に対して
加齢によるもの忘れ
自分で努力して見つけられる
認知症によるもの忘れ
いつも探し物をしている
誰かが盗ったなどと他人のせいにすることがある
日常生活への支障
加齢によるもの忘れ
ない
認知症によるもの忘れ
ある
症状の進行
加齢によるもの忘れ
極めてゆっくり
認知症によるもの忘れ
はやい

認知症の種類とそれぞれの特徴

アルツハイマー型認知症

脳の中に異常なたんぱく質(アミロイドベータペプチド)が蓄積することによって、健康な神経細胞が破壊され、脳が次第に萎縮する病気です。まず、短期記憶をつかさどる側頭葉の海馬の脳神経細胞が減少することから始まると言われています。初期の段階では短期記憶の障害が見られます。

レビー小体型認知症

記憶障害以外に、幻視、体がこわばり動作が遅くなるパーキンソン症状が現われやすく、日によって頭がはっきりしていたりぼーっとしていたりと、症状の変動が大きいのが特徴です。初期には認知機能低下が目立たず、幻覚や妄想、抑うつといった精神症状が前面に出てくることもあります。パーキンソン症状が初発症状のこともあります。

前頭側頭葉変性症(ピック病)

盗癖や無銭飲食など反社会的な行動を特徴とする認知症です。記憶は保たれるため認知症と診断されていない場合が多いく、精神病と誤診されている場合もあります。過食や性的逸脱、尿・便失禁、放尿などもみられます。

脳血管性認知症

動脈硬化が原因で脳梗塞などにより引き起こされる認知症です。脳の病変の場所によって、手足の麻痺、ろれつが回らないなど様々な身体症状が起こってきます。

治るタイプの認知症

脳脊髄液が脳室に過剰にたまり脳を圧迫する「正常圧水頭症」、頭をぶつけたりしたときに頭蓋骨と脳の間に血の固まりができ、それが脳を圧迫する「慢性硬膜下血腫」、その他、脳腫瘍、甲状腺機能低下症、栄養障害、薬物やアルコールに関連するものなど、認知症の症状があっても、もとの病気を治療すると治ることもあります。 こうした病気を早く見つけて早く治療を始めるためにも、認知症かなと思ったら、早めに受診することが大切です。

認知症の治療

アルツハイマー型認知症などの変性性認知症を完全に治す治療法はまだありません。できるだけ症状を軽くして、進行の速度を遅らせることが現在の治療目標となります。
治療法には薬物療法と非薬物療法があり、これらを組み合わせて治療を行います。

中核症状への治療

アルツハイマー型認知症の中核症状に対しては、コリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬に改善効果があることが認められています。レビー小体型認知症では、塩酸ドネペジルのみ保険適応が認められています。血管性認知症では脳卒中の再発予防のために、高血圧などの生活習慣病の治療が不可欠です。

行動・心理症状(BPSD)への対応

BPSDに対しては、適切なケアや環境調整、リハビリテーション等の非薬物療法が優先されます。ケアの基本はその人らしさを尊重し、認知症の人の視点や立場に立って理解しようと努めること、得意なことや保たれている機能をうまく使うことが重要です。環境調整としては、デイサービス等の介護保険サービスの利用を検討し、認知症の人が心地よく安心して暮らせるような環境、そして、介護する人が介護しやすい環境を作ることが必要です。リハビリテーションとしては、ウォーキングや体操などの運動療法、見当識訓練、音楽療法、回想法などが有効とされています。それでもBPSDのコントロールが難しく、ご本人と介護する人の苦痛が強い場合は、抗精神病薬、抗うつ薬、漢方薬などを使用することがあります。

早期段階からの対応の重要性

早期段階からの対応の重要性

認知症に早期に気づき対応することは、適切な医療や介護サービス・福祉サービスへのつながりとなります。また、本人や家族の不安の期間を短くすることにも有効です。
これまでの多くの研究で、中年期・老年期の運動習慣や定期的な身体活動が、アルツハイマー型認知症を含む認知症の発症率を低下させ、すでに発症したアルツハイマー型認知症患者の認知機能を改善すると報告されています。また、聴力低下をケアすること、高血圧、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群などの生活習慣病や抑うつをコントロールすることが認知症の発症を遅らせるとする研究もあります。
したがって、適度な運動、バランスの良い食事、夜間の良好な睡眠、余暇活動を楽しむことを生活習慣にとりいれ、高血圧や糖尿病、睡眠時無呼吸症候群などの生活習慣病を治療することが重要です。

当院では、長谷川式認知症スケールによる適切な認知機能評価と頭部CTなどによる他疾患との鑑別を行い、患者さんお一人おひとりにとって適切な治療を行ってまいります。ご自身やご家族の方の気になる症状がある場合は是非一度ご相談下さい。